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【宗教】 古語拾遺

古語拾遺

古語拾遺:1103242467 (PDF 24.44MB)

  • 書名古語拾遺(こごしゅうい)
  • 巻数1巻
  • 著者名斎部 広成(いんべ ひろなり)/撰
  • 成立大同2年(807年)
  • 出版書写年文久2年(1862年)刊
  • 数量1冊 23丁(版心:「古語拾遺 一」・・・「古語拾遺 二十三」) 版心下に「四宮社板」。
  • 書型(寸法)半紙本(25.3×17.8cm)
  • 注記書名は巻首題による。『日本古典籍総合目録』の統一書名も同じ。著者名も『日本古典籍総合目録』の統一著者名による。外題(題簽)は「校正 古語拾遺」。
  • 内容斎部広成が、平城天皇の召問に応じ、斎部氏の立場を軸に神代以来の神祇の流れを概観し撰上したもので、記紀にない所伝を載せており、古代史研究上貴重な資料とされる。多数の良質な写本が伝わるともに、近世以降多くの板本も刊行されている。
    本館所蔵本は広く流布した板本の一つである四宮社板(大伴重賢校本)であるが、尾張藩神祇局参知補助の川崎鞆太郎(千虎)が、明治2年(1869年)9月に大須宝生院(真福寺)所蔵本により対校した結果を、全巻にわたり朱書により記載している。
    『古語拾遺』の真福寺本は、文政4年(1821年)の尾張藩寺社奉行所による点検時の目録(「宝生院経蔵図書目録」第六十七合上)には記載されているが、現在は伝わっていない(真福寺本の茜部与理刀模写本を、明治39年(1906年)に真茲という人物が写した写本を、太田昌弘が紹介している)。当館所蔵本の朱書は真福寺本(原本)の内容を伝えており貴重である。
  • 序・跋・奥書等見返「大同三年二月十三日/従五位下斎部宿祢広成撰/古語拾遺/元禄九年校正本一巻/文化四年求板文久二年精選/大阪本屋/河内屋喜兵衛蔵桜」
    跋「元禄九年十一月/江之近州四宮社司大伴重賢」 
    刊記「大坂心斉橋通北久太郎町/河内屋喜兵衛/文化四丁卯求板」
    裏見返し「京都三条通御幸町 吉野屋仁兵衛」、「大阪心斎橋通北久太郎町 河内屋喜兵衛 板」等13軒の記載あり。
    本文末に「明治二年己巳九月廿四日以大須宝生院蔵本校之畢/神祇局参知補助川崎鞆太郎(花押)」の墨書(朱書)あり。
    表紙に「献本金原修理」の墨書あり。
  • 蔵書印等表紙に蔵書票の残痕。巻首に「尾張神祇局印」、「愛知県図書章」、「明治十九年八月点査章」の印。
  • 備考『古語拾遺』の写本は、大別して「卜部本」系統と「伊勢本」系統にわけられるが、四宮社板は、卜部本系統をもとに校訂を加えたものとされる。一方、太田によれば真福寺本は「伊勢本」系統の特徴を持つ。
    真福寺本との対校を行った川崎千虎(1836-1902)は、尾張藩士川崎茂春の子で画家として知られる。京都で土佐光文の門下で研鑽を積み、明治11年(1878年)上京し帝室博物館等に勤務、のち東京美術学校教授となり、愛知県立工業学校の創立時には招かれ意匠科の教師となった。孫の小虎(1886-1977)も画家として著名。
  • 文献飯田瑞穂『古代史籍の研究下』(『飯田瑞穂著作集』4 吉川弘文館,2001年)資料ID:1107910497
    太田昌弘「真福寺本『古語拾遺』について」『西田長男博士追悼論文集神道及び神道史』(名著普及会,1987年)資料ID:1102972817
    田部井竹香『古今中京画壇』(風媒社,1977年 1911年の復刻)資料ID:1103127975
  • 請求記号Wラ/210.3/イ/4

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