郷土資料 常設展示 


郷土資料常設展   (第3回)
愛知のパノラマ観光地図
大正の広重・吉田初三郎の鳥瞰図
  たいしょうのひろしげ ・ よしだはつさぶろうのちょうかんず
期間:平成15年8月20日(水)〜10月19日(日)              
場所:愛知県図書館3階 郷土資料展示コーナー(入場無料)


 旅先やイベント会場で配られる、手描きの絵図入りの観光ガイドや観光マップは、写真中心の旅行ガイドにはない良さがあります。地元ならではの詳しい情報や最新の情報がコンパクトにまとめられているからです。このような観光ガイドは、戦前、日本でも普及しました。
 今回は、大正から昭和初期に各地の鉄道会社や観光協会などが観光促進用に作成したパンフレットに印刷されたパノラマ地図:鳥瞰図(ちょうかんず)で、当時人気のあった吉田初三郎やその弟子たちの作品をご紹介します。

 1.鳥瞰図とは
 鳥瞰図とは、まるで鳥が空の高いところから見たような広い範囲を描いた図のことです。
 鳥瞰図は、地形図などとくらべると距離の正確さなどは劣りますが、等高線や地図記号がないので、地図の知識がない人にもよみやすく、絵のような感覚で風景を見ることができ、大体の位置関係などを伝えることができます。

 2.鳥瞰図の歴史
 鳥瞰図は古くは中世にさかのぼり、荘園図や寺社境内図や屏風絵などにみられ、江戸時代には鍬形寫ヨ(くわがた・けいさい)や葛飾北斎、五雲亭貞秀(ごうんてい・さだひで)などの浮世絵師らが名所の鳥瞰図を描いています。
 鳥瞰図が大量生産されるようになったのは、鉄道が各地に整備され旅行が一般にも広がった大正時代以降でした。観光PR用のパンフレットとして鉄道路線図や沿線の観光地案内・旅館案内などが全国各地で競うように作られました。カラー写真のない時代、多色刷りで華やかな鳥瞰図は流行し、松井天山(まつい・てんざん)峯暁雲(みね・ぎょううん)、金子常光(かねこ・つねみつ)など多くの絵師が活躍しました。中でも人気があったのは、今回ご紹介する「大正の広重」と称された吉田初三郎です。




大正の広重・吉田初三郎(よしだ・はつさぶろう)について



 
 1.経歴
 「大正の広重」と称される大正から昭和初期に活躍した代表的な鳥瞰図絵師。1884(明治17)年京都に生まれ、10歳で友禅図案絵師へ奉公し、日露戦争従軍後、関西美術院で洋画を学び、やがて師の鹿子木孟郎(かのこぎ・たけしろう)のすすめにより商業美術に転じます。昭和天皇がまだ皇太子の時代に「わかりやすい」と絶賛した『京阪電車御案内』(1913(大正2)年)を皮切りに、全国各地の電車沿線図・名所案内・絵葉書・切符・ポスターなど精力的に製作をおこない、その作品は1600点以上とされています。1955(昭和30)年、京都で71歳の生涯を閉じました。

 2.作品
 商業画家であった初三郎は依頼されればポスターや記念切符などの図案も描きましたが、一番特徴がある作品は鳥瞰図です。当時はカラー写真などない時代で、沿線案内図など鉄道会社からの注文が集中し、何年も待たされた会社もありました。初三郎の作品は依頼主のために作成したものが主で多くは依頼主が配ったのですが、人気が出てからは独自に会員を集めて鳥瞰図の頒布をしたものもありました。
 初三郎の鳥瞰図の特徴は、画風と構図にあります。友禅図案絵師からスタートし、洋画の画法も学んだ彼の鳥瞰図は浮世絵と西洋画がミックスしたような、それまでにない独特のモダンな画風です。またその構図は、横長の画面に中央を細かく描き、左右の端をU字型に曲げ、実際の視界には入らない遠くの景色をパノラマ風に描く独特のものでした。
 また、商業画の特徴として、鳥瞰図の中心に注文主の会社が大きく描かれています。この他にも、ただ建物を描くだけでなくその名称を江戸時代の名所画風に四角い枠などで描き添え、案内図として分かりやすいものとなっています。
初三郎の作品は1600点以上といわれていますが、この多作をささえたのは、彼の工房システムにあります。依頼主から依頼を受けると現地を取材し、複数のスケッチを作成、既存の地図などを参考にして、助手とともに原画を作成、原画から石版印刷され、印刷された鳥瞰図が広く流布したのでした。
 初三郎が描いた地域はほぼ全国各地に及び(鳥取県と沖縄県の鳥瞰図は現在発見されていません)、朝鮮や満州などの外地まで描いています。しかし、1937(昭和12)年の日中戦争勃発以後、防諜上の理由から鳥瞰図の製作が禁止され、絵葉書の仕事を主流とし、戦後は広島の原爆投下直後の鳥瞰図など再び鳥瞰図を製作しましたが、戦前の活躍ほどではありませんでした。

 3.初三郎と愛知県の関係
 1923(大正12)年に関東大震災で東京のアトリエと会社(大正名所図絵社)が被災した際、名古屋鉄道常務の上遠野(かどの)富之助氏の招きにより、1936(昭和11)年ごろまでアトリエ〔蘇江(そこう)画室〕と会社〔観光社〕を犬山に設けました。初三郎が描いた愛知県内の鳥瞰図(絵葉書・ポスター・切符などを除く)は現在のところ約50種が確認されています。

参考文献(出版年順)
  1)「「大正の広重」発掘!」雑誌『サライ』vol.6no.19             1994年
  2)『企画展「絵図にみる観光名所」 吉田初三郎の世界』    高岡市立博物館 1995年
  3)『パノラマ地図を旅する 「大正の広重」吉田初三郎の世界』 堺市博物館   1999年
  4)『愛知県を中心とする鳥瞰図の世界』           江南市教育委員会 1999年
  5)『21世紀にメッセージを託した画家 吉田初三郎の世界 愛知・岐阜を中心に』 犬山市文化史料館 2000年
  6)『鳥瞰図絵師の眼』                    INAX出版    2001年
  7)『観光旅行 大正〜昭和初期のツーリズム』         東北歴史博物館 2002年
  8)『別冊太陽 吉田初三郎のパノラマ地図 大正・昭和の鳥瞰図絵師』  平凡社 2002年

「愛知のパノラマ観光地図」展示資料目録*pdf(8KB)

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